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もうひとつの、大切な、私忙しくても、悩んでいても。無くしたくない、大切な、私。
もうひとつの世界に住む、大切な、私。 |
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日生劇場十二月大歌舞伎
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昼の部へ行きました。日比谷は華やかですね〓
どちらの演目も化粧声の「でっけえ」がぴったりの終わり方。すっきりする。 春猿さんは初めの鳥居前みたいな場面のみだったが、義経との視線のあわせ方にドキドキ〓 錦弥さんの後見をされていたのだと思うが、高弥さんという方が端正など顔立ちで、お行儀も美しかった。
中村幸雀さん
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高円寺の商店街を歩いていたら「歌舞伎俳優が女形で歌うシャンソン」の〓入りチラシを目にしました。お店の中から唄声も。
紫雀さん以外にも〓いるの?と歌舞伎モバイルを調べてみました。今年、お家が変わって名前も新しくなられたんですね。こんなに身近でライブをされていて驚き。今度、聴いてみたいな。
芝翫さん
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昨日、亡くなられたそうです。
九月の初日まで出演、その後休演。観ておけば…って悔やんでも、遅い。 好きだったのは『熊谷陣屋』の相模と『寺子屋』の千代、そして藤娘です。 心よりご冥福をお祈りします。
新派花形公演「滝の白糸」
[ 伝統 ]
約10ヶ月ぶりのお芝居、春猿さんの舞台は巡業以来一年ぶりでしょうか。
最高の一日でした! 「滝の白糸」は泣かせる物語ではないはずなのに、ぐっと来る場面もありました。原作読まなくては。 舞台についてはまた忘れないうちに詳しく書きたいと思いますが、時間が厳しいな〜。まだまだ開幕したばかりです。お近くの方はぜひ! ご観劇ください。良いですよ〜。
内緒の手紙
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NHKの番組でチェコ人音楽家のカルテットが演奏されている。
大好き♪なのが「内緒の手紙」と名付けられた曲。ヤナーチェク独特の不思議な音形でありながら、底抜けに明るいところが良い。ホッとする。 久々にカルテットを聴く余裕ができた。知らせてくれた母に感謝。
再開・・・?です
[ お知らせ・まとめ ]
非常にご無沙汰していました。
記事のエントリは一年以上ぶりになるでしょうか。実は、観劇も半年以上できていませんでした。 舞台のことだけでなく、感謝したことや心に残ったこと、伝統について・・・書くのをさぼっていたの半分、心が動いていなかったの半分、忙しい日々を送っていたのだな、と反省反省 ![]() 10月、東京・三越劇場での新派公演『滝の白糸』が観劇復帰になりそうです!! ブログでお世話になっていた方たち、ゆっくりとご挨拶に回りますので、また仲間に入れてくださいませ。よろしくお願いします。
コミュニティ
[ 感謝 ]
コミュニティ、居場所。そんなもの。
ずっと探し続けて、ちょっと行き詰ってきてしまった感じです。でも、感謝の気持ちを忘れないで。久しぶりの更新でした。これをきっかけに、少なくなってしまったけれど舞台のこととか少しずつ書いていきたいです。
新橋演舞場夜の部 『加賀見山旧錦絵』
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気がついてみれば(当然といえば当然なんだけど)オンナの世界で、情と念と温かさみたいなものがじわじわと攻めてきた。
海老蔵さんの岩藤が想像していたより自然で、美しくて、びっくり。目を閉じて声だけ聞くと「あれ 」というところはあったけれど…。不思議と、余裕のあるベテランの奥女中、という雰囲気が出ていた。背が高くていらして、小柄な時蔵さんや亀治郎さんと向き合うから、自然に見下ろすようになって、優しげに見えたのかも。憎々しいのだけれど、下の者を可愛いと思う余裕があって、だからこそお初を見くびってやられてしまった、ような気がした。時蔵さんの尾上は、最初の二幕では本当に消え入ってしまいそうで、何だか予想違いだな…と感じていた。それが、見せ場って有るものなのだな、当たり前だけれど。草履打の場の後独りになり、懐紙で髪を拭う流れ。手がふるえ、拭っているのにいつのまにか懐紙を握りしめている。胸の内に色んなものが詰まって息の出口を塞いでいるのだけど、とにかく公の場を去って部屋へ戻らなければならない。鳥屋の奥の暗がりに姿が消えるまで、襖が閉まっても、目を離せない。 私室での場では、ひとつひとつ呼吸を合わせてしまい、息苦しくなるくらい。なにしろ、声を上げて泣くのは手紙を書いている時ただ一度なのだから。死に方はリアル過ぎたけれど、美しかったな。 亀治郎さんのお初は、今ひとつ掴み取れなかった。とても美しくて凛としていたから、それなりの年頃の女性に見えたり。尾上を慕い(ここが間違っているのかも?)、大事に感じるところは少女らしい一途さが見えたり。走り方にも子どもっぽさが抜けなかったり。木原敏江さんの漫画では桃割(だっけ?)に結った本当に子どもだから、そのイメージが強すぎるのかも。まあ、そんなに年が行かない娘だったら、尾上を継ぐのが心配ではあるわけだけれど…。 歌舞伎の表現って、抑えていて美しいのだと何度となく思った。現代劇ならお初が尾上にしがみついて、「自害なんて考えないで!」と叫びそうなところが、忠臣蔵になぞらえての諌めが精一杯の主従関係なのだから(というか、自害するとは予想していなかったのか。岩藤を討ちに行くのではと心配していたので。合ってるかな?)。 3月の、雛祭りを迎えるのがちょっと寂しくなりそうな観劇の帰り道です。
七月大歌舞伎『夜叉ヶ池』
[ 伝統 ]
7月11日(金)夜の部。久々の都内での仕事が早く終わったので幕見。走りました。
幕開きで小川の位置が少し中央になっているかな、以外まったくと言っていいほど前回と同じ演出。懐かしいような、慣れたものに出会えて安心したような、そんな感じ。 春猿さんの百合はおっとりとして、人間離れした雰囲気に磨きがかかっていた。白雪姫と同一のイメージがなくなって普通の村娘になるかと予想していたがとんでもない。すごく感性が鋭くて、特別な力を持った娘だと感じた。そして今回、百合は人妻だけれど”娘”なのだという思いを強くした。 白髪姿がよく似合う。この場面での衣裳は(光の具合でよく見えなかったのだけれど)前回と同じ、白地に薄いオレンジの花柄だったかな。温かい雰囲気。黒髪になってからの紫矢絣がまた、不思議な感じを強くさせる。衿足がかなり見えたのにドキッとしたけれど、若い女性の着付けはあんなものなのかな? 笑三郎さんの白雪姫は上手い! 美しい! 若い!^^; 気が乱れて倒れ伏す「乳母、許して。」の所は吉弥さんの万年姥と息がぴったりだった。 右近さんの学円はどことなくタケルだった。百合との会話はものを訊いている立場なのに、強く聞こえるのだ。段治郎さんの晃が普通の男性だったからよけいに、個性の強さが見えたのかもしれない。 白雪姫が鐘を落とそうとする場面で、子守歌を歌う百合が舞台に現れなかったのが残念。縛られてから自害するまでにみだれ髪にならなかったのも・・・。細かいことだけれど、早変わりや吹き替えさんが必要なくなったからこそできる演出はなかったのかな・・・? ともあれ、あの涼やかな舞台・・・夏。7月ですね。
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